館長エッセイ やっててよかった、博物館!by 唐澤るり子

その1 ◎ 50年コンパス

 父が本格的に資料の収集をしていたのは、私が小学生のころだった。ときには古道具屋や旧家の蔵の資料探しにお供をしたが、とくに歴史が面白いと思ってのことではなかった。うちでは子どもが見ていいテレビ番組がニュースと時代劇しかなかったので、岡っ引きのもつ十手や銭形平次が投げる古銭にすこし興味があっただけだ。そのころは、普通の女子なら誰もが思うように、古いモノが幅をきかせて足の踏み場もないような暮らしが嫌で、いつかすっきりした清潔な空間に住むのが夢だった。
 歴史が面白いと思い始めたのは50歳のころだ。私は三姉妹の末っ子で、父が44歳の時に生まれた。父もまた、九人兄弟の末っ子で、祖父が45〜46歳の時に生まれた。元号でいえば、私が昭和、父は明治、祖父は何と慶応生まれなのである。
「えっ、慶応!? おじいちゃんが江戸時代に生まれた人!!」
これは、少なからずショックだった。私が生まれたころには、祖父はこの世にはおらず、写真で見るだけの存在だったが、円満そうなお顔に親しみを感じていた。この祖父が江戸時代に生を享けた人とは。この驚きが歴史に親しみを覚えた瞬間だった。
 自分が生きた時間のスケールが50年。このスケールではかれば、私の人生二つ分が父の生まれた明治、三つ分が祖父の生まれた慶応。頭の中で、そのときを基点に、50年コンパスをクルッ、クルッと三度回してみた。なんだ、時代劇でしか縁がないと思っていた江戸時代は、こんなに身近なものなんだ。
そう思ってモノを見ると、まったく違って見えてくるのが、ほんと面白い。「昔の」「古い」といった無味乾燥なモノではなくて、一つひとつに個性が見えてくる。明治初期の資料も、おじいちゃんが子供のころ、と思えば堅苦しくない。
 いまや、そのコンパスも六十数年だ。江戸はますます近くなってくるのである。